クリスティーナ・フィゲレス(Christiana Figueres)の気候変動との戦い
It's economy, Stupid: 経済こそが重要なのだ、愚か者(1992年米大統領選でのビル・クリントンの言葉):持続可能性に関する議論に勝つ
クリスティーナ・フィゲレス(Christiana Figueres)氏は炭素排出量分野に関する歴史的なパリ協定の立役者です。 この元国連気候変動枠組条約事務局長は、「仕事はまだ始まったばかりです」とMegaに語ります。

クリスティーナ・フィゲレス氏は5週間の日程でチリ、香港、北京、カリフォルニアそしてブリュッセルを訪れた後、久しぶりに自宅のあるロンドン中心街に戻りました。
フィゲレス氏のリビングにあるガラス製ホワイトボードには「2020年」「マイルストーン」「楽観主義」といった言葉が走り書きされており、元国連気候変動枠組条約事務局長であり、2015年に採択された気候変動に関する歴史的なパリ協定の立役者である氏が、新たなキャンペーンに再び乗り出そうとしていることが伺えます。
コスタリカ出身で、活力に溢れたフィゲレス氏は、国連での影響力ある重職を退任後、世界中を訪れ、気候変動を食い止めるための運動に一層力を入れています。
現在、フィゲレス氏は自らがリーダーを務める「ミッション2020プログラム」を通して、世界中の企業や投資家、そして政治家に、二酸化炭素排出量を削減するように説得を続けています。 この重大な課題の成功の鍵を握るのは、科学ではなく経済だと、フィゲレス氏は力説します。
「世界的に景気が低迷している今、二酸化炭素排出量を削減することは、景気を一挙に活性化する千載一遇の好機です。 環境に優しい新技術、インフラ、交通手段に大規模に投資していくことで、経済が活性化し、数百万という雇用を創出します」と、フィゲレス氏。
データはこの主張の正しさを裏付けています。 国際再生可能エネルギー機関は、再生可能電力および高エネルギー効率技術への投資により、2050年までに世界経済は今よりも19兆米ドル豊かになり、600万の雇用を創出すると推定しています。
「世界的に景気が低迷している今、二酸化炭素排出量を削減することは、景気を一挙に活性化する千載一遇の好機です」
西側諸国の経済レベルに追いつこうとする中国やインドを始めとする新興国は、再生可能エネルギーを採用するため、世界で最も大胆な取り組みを始めています。 「いずれの国も、地球を救うために利他的な目的でこれを行っているわけではありません。 コストを削減し、効率性を高め、より安全に高い投資収益を達成しようとする市場要因に強く牽引されています。」
今後3年間が鍵を握る
フィゲレス氏は、人類が気候変動の流れを反転させるにはここから3年が勝負だと言います。
それは、 仮に2020年以降も二酸化炭素排出量が増加し続けるか、2020年の水準を維持し続けると、世界の平均気温上昇を産業革命前から「2度未満」に抑えるというパリ協定の中核を達成することがほぼ絶望的になるためです。
この期限が守られなければ、2030年までにより回復力があり、より持続可能な世界を実現することを謳った、国連のアジェンダに記載される持続可能な開発目標(SDGs)を達成することも不可能になります。
「SDGsの一部を達成できるか否かは、2020年までの私達の行動、または少なくともそれを行うコストにより大部分が決定されるでしょう。 もちろん、金銭的や社会的により高い負担を強いれば二酸化炭素排出量を削減することは可能ですが、私達が目指しているのは最小負担、かつ世界経済を発展させながらこれを実現化するための道筋を見つけることです」と、フィゲレス氏は言います。
政府や政策立案者に働きかけることに加え、資産家や富裕層に対しても、低炭素化経済への移行への投資は、今後3年間に限り魅力的な投資機会であることを説得しようとしています。
「2020年を過ぎれば、これは急務となり、低コストで行うことはできなくなります」と、フィゲレス氏。 「気候変動対策に今すぐ取りかからないことのリスクが甚大である一方、今すぐ取りかかることのメリットは極めて大きいものとなっています。 資産家は、自身が問題の一部となりたいのか、解決策の一部となりたいのかを自問する必要があります。・・・両方になることはできません。」
次の世代とトリプルボトムライン
確かに、二酸化炭素排出量削減には莫大な投資が必要です。 経済協力開発機構は、低炭素化世界に移行するために、2012年から2030年の間に、環境に優しいインフラへの投資額を現在の2倍である2兆米ドル(世界のGDPの2%に相当)に増額する必要があると試算しています。
「新たに予算を組む必要はありません。 既にある予算でまかなえます。 単純に現在よりも環境に優しい技術に投資対象をシフトするだけです」と、フィゲレス氏は言います。
このファイナンシャル・ギャップを埋める1つの効果的な方法は、環境改善効果のある事業に限定して発行される債券、グリーンボンドへの投資です。 2016年には、環境意識の高い投資家により800億米ドルを超える資金が世界銀行、ヨハネスブルグ市、Apple社などの組織や企業が発行したグリーンボンドに投じられ、前年比2倍となる投資実績を記録しました。しかし、これは債券市場全体のほんの一部に過ぎません。
急成長を続けるグリーンボンド市場には、環境意識の高い、若き投資家も関心を持ち始めています。
「若い世代はインパクト投資に高い関心があり、収益以外の要素も含めてポートフォリオを決定しています」と、フィゲレス氏は説明します。 「現在、企業は『経済的側面』『環境的側面』『社会的側面』を合わせたトリプルボトムラインで評価され、企業は特定の目的を掲げて設立されています。・・・今、私達は、コーポレートアイデンティティの大きな岐路に直面しています」
フィゲレス氏は、金融業界が投資ポートフォリオの中に環境/社会/ガバナンス(ESG)基準に基づく商品を組み入れるという流れを歓迎する一方で、まだできることが山ほどあると感じています。
「企業はトリプルボトムラインで評価され・・・ 私達はコーポレートアイデンティティの大きな岐路に直面しています。」
「ESGに関する懸念としては、年次報告書の67ページ、企業が行っているESG活動について、1段落あるのは良いのですが、 これでは不十分です」とフィゲレス氏。
「これについて、もっとスペースを割く必要があります。 カーボンエクスポージャーや、低炭素化世界への移行については、一番最初のページに記載する必要があります。」

よりエコな航路、船舶の運行
米国政府によるパリ協定からの脱退表明にも、フィゲレス氏は動じていないようです。 「私達は、米国政府と米国企業を分けて考える必要があります。 二酸化炭素排出量削減に大きな役割を果たしている2大プレイヤーは、都市と企業で、彼らは低炭素世界の実現に取り組んでいます。 米国政府がパリ協定から脱退したとしても、世界経済の流れは変わりません。」
実際、米国政府による脱退表明後、2500を超える米国の市および州政府、企業、そして教育機関は、パリ協定の目標の実現に向けてのコミットメントを表わす再確認書に署名しています。
さらに、パリ協定の枠組みの外でも二酸化炭素排出量削減の取り組みが各地で行われています。
2016年10月、国際民間航空機構(ICAO)は、二酸化炭素排出源として急速に台頭している航空業界で二酸化炭素排出量を削減することを定めた暫定協定に合意しました。 このICAOの新しい枠組みが採択されると、消費者へかかる金銭的負担を大幅に増やさずに、1つの業界全体を対象とした温室効果ガス排出量削減制度が初めて導入されることになります。 国際海事機関も船舶で同様の制度の導入を検討しています。
「不可能というのは事実ではなく、人々の姿勢です。 私達は自分達にかけている暗示を変えていく必要があります」
フィゲレス氏は国連気候変動枠組条約事務局長に就任した2010年から、航空業界で今回合意されたような枠組みを求めてきました。 これは、さまざまな会議に出席するために世界中を飛び回り、自らが環境に負荷をかけていることを痛感する中で生まれた願いかもしれません。 「私の逃れられない大きな罪は、飛行機を頻繁に利用していることです」と認めた上で、可能な場合には必ずカーボン・オフセット・プログラムを購入していると付け足しました。

陸路の交通手段に関して言えば、フィゲレス氏はかつてはトヨタのハイブリッド車プリウスを所有していましたが、今では、公共交通機関を利用しています。 「自動車を所有するのは時代遅れとなりつつあります。 若い世代は自動車を所有することにより得られるステータスシンボルにあまり関心を示しません。 地下鉄やバスを利用するほうがずっと理にかなっています」
フィゲレス氏が目指す政策への最大の障害について問うと、
「最大の障害はここです。」自身の頭を指差しながら、フィゲレス氏はそう答えました。 「私達は決断さえすれば、政策を変え、投資先を変更し、技術を配備することができます。 不可能というのは事実ではなく、人々の姿勢です。 私達は自分達にかけている暗示を変えていく必要があります。 ここに膨大な経済機会があることを人々が認識できるようにすることで、私達はこれを達成しようとしています」