洪水防止・管理
水:洪水のあと
洪水や干ばつといった水災害は、人類にとって悲惨な出来事であり経済的損失をもたらします。対応に変革が求められています。

洪水や干ばつは地球温暖化によるものか、通常の他と似たような自然サイクルによるものかに関わらず、すでに人や経済に大きな被害を与えています。2015年までの10年間で洪水だけでも23億人が被害を受け、6,600億米ドルの損失になりました。(注1)。当局は対応に追われています。
こうした問題の解決策として多くは、大規模で高額な土木プロジェクトを意味していましたが、それはただ単に、より基礎的で広範囲に及ぶ問題の副次的影響への対策でしかない、とウォーター・コンサルタント企業エンヴィセジャー(Envisager)の社長であるデヴィッド・ロイド・オーウェン(David Lloyd Owen)博士は語ります。
「2015年までの10年間で、23億人が洪水の被害に遭い、6,600億米ドルの損失がありました。」
彼は、洪水や干ばつに対するより良い対策がある、と言います。
「何百万立方メートルのコンクリートで問題解決を図るのではなく、上下水道設備の責任者である公共団体や民間事業者は、水資源の管理方法や災害対応策をもっと広い視野で考える必要があります。
一地域の河川流域を完全に包囲してしまうような、より統合的アプローチが必要です。あるいは、一歩下って自然の力に任せ、適切な緊急対応のみ行うというのが解決策、という場合もあります。」
しかし、いずれの場合も、洪水や干ばつの対応策を練るには、より有効なデータの作成および分析が必要で、しかも効率的に行うことが重要です。
氾濫原の地図作成の改良や、土壌がどの程度の水分を含むことができるかをより正確に測定できるようになること、または洪水防止と事後の緊急対応との適切な費用対効果分析を行う、といったことが挙げられます。

大きな問題
洪水や干ばつがどの程度気候変動の影響を受けているのか、はっきりと分かっていません。これは、気候科学が平均値(気温や雨量)の変動に注目している一方、洪水は異常な出来事で、異常な出来事がより頻繁に起きているかどうかを示す明らかな根拠が少ないのです。

300年に渡るナイル河観測データでも、川の洪水パターンに関して、何が「通常」なのかを判断するのは不可能だとされています。
気候変動が洪水や干ばつで被害を受けることもあれば、逆に恩恵を受けることもあるでしょう。例えば洪水によって、もともと不毛だった土地が農業に適するようになるかもしれません。
しかし、それでも洪水による費用が減少するわけではありません。英国だけでも年間140億ポンド(170億米ドル)を洪水のために費やしています(注2)。EUでは、今世紀に入って最初の12年で490億ユーロ(520億米ドル)もの費用がかかっています。もし、大規模な洪水が現在の平均16年に一度ではなく、10年に一度の頻度で起こり始めるとすると2050年には年間235億ユーロ(249億米ドル)にも達する可能性があります(注3)。他にも、EUの1.7億世帯の約18%が洪水被害を受けるリスクがあるというデータもあります(注4)。
全世界では、洪水に要する費用が年間平均108億~198億米ドルと見積もられています。費用対効果が8対1と仮定すると、これらの損失を回避するために洪水だけで25億米ドルの支出が必要な計算になります。
国連国際防災戦略事務局の試算では、世界中の洪水防止のために420億米ドル必要とされています。

多過ぎる雨量が突然の大洪水を引き起こす一方、少量の雨量はゆっくりながらも、より長期に渡る災害をもたらします。突然やってきて瞬時に影響をもたらす洪水と異なり、干ばつはもっと長期間に渡り社会的そして経済的コストがかさむことになります。場合によっては、数年に渡るサイクルの一部となります。
部分的干ばつは、経済的影響が少ないと思われがちですが、一見ではわからない副次的な悪影響を及ぼす可能性があります。
たとえば、2003年のヨーロッパの干ばつは、ほとんどの場合が単に不便を感じる程度でしたが、フランスの河川流量減少により、58基の原子炉の内17基の発電を抑える、もしくは通常の状態に戻るまで完全に閉鎖しなければなりませんでした(注6)。


状況に応じた支出
洪水も干ばつも影響は甚大です。しかし、これらの自然災害の被害を軽減するための計画は、状況に応じたものでなければなりません。洪水防止の名のもとに比較的まれで影響の少ない出来事に多額の費用をかけている場合もあります。例えばシンガポールは、交通渋滞で多少の不便を生じさせる程度の平均26分にわたる鉄砲水を抑制するのに多額の資金をつぎ込みました。
ロンドンが、42億ポンド(50億米ドル)かけてテムズ川の下に25キロメートルのトンネルを作る「スーパー下水道」インフラ・プロジェクトも、果たして排水管がたまに溢れた際に、川に下水が流れ込むのを防ぐのに最も効果的な策かどうかは疑問です。当局が往々にして「ホワイト・エレファント(持て余し物・無用の産物)」を建設する傾向にあることは否めません。
防止策に大金をつぎ込むよりも、目標を定めた効果的な緊急対応が洪水災害時の最善のアプローチになる場合があります。
災害防止策に多額の投資を行うよりも、目標を定めた効果的な緊急対応が洪水災害時の最善のアプローチになる場合があります。他にも、リスクの高い場所への建設をコントロールするために氾濫原の地図作成の改善をしたり、洪水時の下水処理場への電力供給を確保したりする方法が最も有効な場合もあります。
「洪水や干ばつの対応策は、インドなどのモンスーン諸国では、年間降水量の80%が70~120時間内に発生しますが、連続して発生することはありません。これは、多くの西側諸国と比べ、非常に状況が異なります。」と第三世界水資源開発センター(Third World Centre for Water Management)の共同創立者であるアシット・K・ビスワス(Asit K. Biswas)博士は話します。
「例えば、デリーの年間平均降水量は79センチとロンドンの59センチに比べてはるかに多いにも関わらず、デリーの方がかなり乾燥しています。

これは、ロンドンの降水量が年間を通して比較的均一なのに比べて、デリーでは7月から9月の3ヵ月に集中していることが多いからです。よって、年間降水量がロンドンよりもはるかに多いにも関わらず、デリーで記録されている一番高い土壌湿度はロンドンの最低土壌湿度よりも低いのです。」
このことから、なぜ世界で最も雨量の多い地域の一つであるインドのチェラプンジでは、年間平均降水量がロンドンのほぼ20倍であるにも関わらず、ここ10年間、乾期の11月から4月に深刻な水不足に悩まされているのかが説明できます。
「インドの水管理で必要なのは、モンスーンが集中する数ヶ月の間に降る大量の雨水を貯水する方法に焦点を当てることです。そうすれば、年間を通してすべての人や事業に水を供給できるのです。」ビスワス博士はこう語り、さらに洪水や干ばつの悪影響を大幅に減らすこともできると付け加えました。
解決策が何にせよ、テクノロジーが重要なカギであるのは明らかです。
洪水パターンや気象システムのモデリング、土壌浸透測定や下水網の読み込み等、ビッグデータや技術開発が洪水予防に役立つ例はほんの一部です。
一定地域の建物のリスクを具現化するために、洪水管理ソフトウェアも導入されています。
その一方、より柔軟な洪水防止策を導入している国もあります。例えば、英国では、所々従来の海や川の堤防を撤去し、季節によって変わる水位を開けた湿地帯で調整しています。
こうした活動は、国が災害防止や軽減を目指してより洗練されたアプローチを取る際に重要になってきます。
干ばつに関しては、水資源管理が何よりも急務となります。貯水槽を利用して十分な貯水容量を確保する解決法の場合もあれば、インフラ・メンテナンスの改善が重要な場合もあります。

排水再利用に投資するアプローチもあります。ザイレム(Xylem)社といった企業では、革新的なろ過方法や紫外線を利用して生物および化学汚染物質を殺菌除去するシステムを開発しています。
淡水化プラントはエネルギー源が安く、海水へのアクセスが容易な場合のオプションになります。他にも、霧から真水を作り出すといったイノベーションも見られます。
しかし、結局何よりも重要な解決法は、漏出を防ぐことにあります。
ビスワス博士の研究によると、インド亜大陸のほとんどの都心、中東や中南米では、漏出や不正接続によって水供給システムの40%から60%が常時失われています。それらと比べ、東京では3.7%、シンガポールでは5%、プノンペンでは6.%です。「多くの発展途上国と比較してごく少量」と指摘しています。
誰がお金を出すのか?
政策立案者にとって、洪水や干ばつは大きく複雑な問題です。従来のアプローチを固持することは、もはや環境的にも社会的にも通用しないので、取り組まなければならない課題になっています。
しかし、バランスの取れた費用効率が高い対策のためにも、綿密な分析が極めて重要となります。詰まるところ、広域な物理的環境のより良いメンテナンスが最善策の場合もあるのです。
(注1) 天候関連災害時の犠牲者(1995-2015年)UNISDR(国連国際防災戦略事務局)
災害疫学研究センター(CRED)
(注2) 英国環境・食料・農村地域省予想
(注3) 『大規模な洪水による災害リスク財政ストレスの増大』Jongman B., Hochrainer-Stigler S.著、及びNature Climate Change 4, 264-268(2014年)
(注4) 『ヨーロッパの洪水リスク:13ヶ国のエクスポージャー分析』Lugeri N.著、及びInstitute for Environment and Sustainability(環境及びサステナビリティ研究所)2006年
(注5) 国連および世界銀行予想
(注6) http://www.nytimes.com/2007/05/20/health/20iht-nuke.1.5788480.html